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三枝 幸夫
三枝 幸夫
株式会社ブリヂストン
フェロー Nest Lab
1985年株式会社ブリヂストン入社。2008年工場企画管理部長、15年タイヤ生産システム開発本部長を歴任。16年執行役員となり、17年から執行役員CDO・デジタルソリューションセンター担当に着任し、バリューチェーンのデジタル化を通じたビジネス変革を推進。18年7月から執行役員CDO・デジタル担当となり、19年1月からフェロー Nest Lab.として現在に至る。

変革するモビリティの世界で
ブリヂストンの新機軸を担う

ブリヂストンは2019年1月からNest Labという社内組織を立ち上げています。Nest Lab のNest は「鳥の巣」であり、新しいビジネスを産み育て、巣立たせるというミッションが名前に込められています。

ブリヂストンの事業プロファイルはタイヤビジネスが軸になっており、昨年でも収益の9割以上はタイヤから来ています。モビリティ業界そのものが100年に一度の変革を迎えている中で、会社の将来の成長機会を、タイヤビジネスに縛られることなく打ち立てていくことがミッションです。

最近空を飛ぶ車がニュースを賑わせることもありますが、もし全ての車が空を飛ぶようになれば、タイヤの使われ方も変わります。そこまで極端でなくとも、モビリティの世界の仕組みには様々な変化が起きています。

これまで通り一般家庭が1台か2台の車を所有し、自分で運転して目的地まで行く、という世界から、Connected 、Autonomous 、Shared & Electric の世界に移行が進みます。自動運転の小さな電気自動車が自宅まで迎えに来てくれて、近隣の高速鉄道やドローンステーションを経由して高速移動し、目的地の付近の交通ハブから最後の1マイルを再び自動運転車で移動する、というマルチモーダルな仕組みで人々や荷物が移動する時代になると考えられています。

そういった世界で私たちブリヂストンはどのようなプレイヤーになっているべきか。もちろんタイヤが果たせる役割を活かしたサービスを提供するのは言うまでもありませんが、それ以外にどういった事業領域が有りうるのかを探索・実証し、事業としてスケールしていくことに注力をします。

100年に一度の変革はブリヂストンに追い風

現在タイヤ業界の歴史は100年以上に及び、広い分野でコモディティ化が起きています。普通の小型乗用車に付けて市街地を走るためのタイヤであれば、新興メーカーの技術力もどんどん向上しており、自動車メーカーに採用されるケースも増えています。

しかしながら今後自動運転が普及すれば、タイヤの要求特性も変化します。運転手がいない自動運転車にタイヤトラブルが起これば、その時点で車はストップしてしまいます。このためタイヤに対する信頼性・耐久性の要求が高まりますし、そういったトラブルを事前に予見できる必要性も増します。

また自動運転とシェアードサービスによって車両とタイヤの稼働率も飛躍的に増すため、寿命が長い製品や長期的なサポート体制の構築も求められるでしょう。

私たちはそういった自動運転社会およびマルチモーダル社会の中で最高のタイヤサービスを提供できる体制を敷くことに、ここ数年注力をしていますし、この100年に一度の変革は追い風だと捉えています。

電気化、自動化、シェアードサービス化により自動車そのものへの要求特性は、信頼性や乗り心地はあたりまえ、+αの楽しみやオペレーションコストの低さ、稼働率の高さ、積載効率の高さなどが焦点になります。

今自動車メーカーから頂いている要請には、タイヤをできるだけ小さく軽くしたいというものがあります。電気自動車になって重いバッテリーを積む必要も生じ、タイヤに避けるスペースはどんどん低下します。電費(燃費)を向上させてバッテリーの充電頻度を減らすためには、転がり抵抗も小さくしたい、というニーズもあります。また、磨耗したタイヤは交換が必要となります。

今までタイヤを選択して購入するのは一般消費者でしたが、これからはモビリティサービス事業者がタイヤの主な購入主体になります。このためタイヤも電力消費量やライフタイムコストなど、主にプロフェッショナルな観点から選ばれるでしょう。ブリヂストンの高性能タイヤが強みを発揮する時代になると考えています。

私たちの直接の顧客は個人の消費者から、モビリティサービス会社へ移行しつつあり、かつモビリティサービス企業は少数のグローバルプレイヤーに寡占されるであろうと予測しています。そういったグローバルなサービス企業に対し、世界のどこであってもタイヤ製品とサービスを遅滞なく提供できる企業がパートナーとして必要になるでしょう。そこでグローバル企業であるブリヂストンは良いポジションにいると考えています。

なぜブリヂストンでCDO職が生まれたのか

30年以上前にブリヂストンでキャリアをスタートした際、私は物作りをやっていました。専門は制御系の生産技術で、当時の担当分野はタイヤを作るためのマシンにおける組み込み型の制御システムの開発になります。今風にいうとIoTの走りなのかも知れません。センサーがあり、マイコンがあり、コントローラがあり、その上位システムがあって、様々なパーツを繋げて一つの仕組みを動かす、というものです。

2008年に金融危機があり、世界中で需給バランスが崩れた際に、工場設計本部というチームでグローバルな生産拠点の再編を任されました。日本、アメリカ、オセアニアなど古く競争力を失いつつあった生産拠点をいくつも2012年までかけて閉鎖し、代わりに東南アジア、東欧、中南米など今後の成長が期待される市場での拠点立ち上げを行いました。そこで事業開発に関わるようになり、具体的には用地選定や各国政府とのインセンティブ交渉にも従事しました。

一方、金融危機から経済が回復するなかで、事前の事業計画に描かれていたほど新しい生産拠点による売上が順調に推移はせず、工場も稼働率が低いままという苦労もしました。営業側はV時回復の画を描くので、製品供給もそれに合わせて計画を立てていた訳ですが、ただ営業計画に合わせているだけではダメで、生産に関わる部門もマーケットの動向をリアルタイムで把握しなければならないという意識を持ち、マーケティングにも携わるようになりました。

工場の効率化により生産性を1%あげるとか、製造コストを1%下げるといった努力ももちろん重要なのですが、中国の経済がクシャミをすればその程度はいとも簡単に吹き飛んでしまうのも現実です。マーケットに異変が起きたとき、スムーズに追従できるよう、バリューチェーンの川下まで繋る生産供給体制を構築する必要性に気づかせてくれたきっかけが金融危機でした。

  • 継続的にその価値を高める
    ソリューション提供者に
    なる必要がある

  • ただ良い製品を作り、「良いものを作ったので皆さん使ってください」というプロダクトサプライヤーのままのスタンスでは成長は見込めません。マーケット側に寄り添って新しい価値を作り出し、継続的にその価値を高めるソリューション提供者になる必要があると経営陣も強く認識しています。

例えば私たちの顧客である運送会社が本質的に社会に提供している価値は、人や荷物を運ぶことです。その価値を追求するためにはタイヤは故障もせず手間もかからない方がいい。私たちは、その役割を果たすために、顧客のオペレーションやその問題点を理解する必要があります。

最前線でそういったマーケティングを行う部隊には、これまでITを駆使したツールが十分ではありませんでした。既存のIT部門はあくまで社内向けのツール開発を主としていたため、マーケティング部門が外部パートナーを募り主体的にツールを構築するようになりました。

ところが、かつて私自身が所属した生産部門をマーケティング部門側から見ると、何が起きているか非常に見えづらかったのです。こういう性能のプロダクトがいつ頃までにこのくらい欲しい、という需要があっても、それを満たす製品が存在するのか、存在したとして在庫があるのか、在庫がないとしてオーダーすればいつ届くのか、まったく分かりませんでした。

生産部門はオーダーがくれば一所懸命ものを作りますが、作った製品を倉庫に入れた後、どのような経路で誰の手に製品が渡っているかを把握していなかったのです。

そこで生産側の役員を勤めていた私と、CMO職にいた役員との間で必要な機能・組織に関して話し合いました。マーケットから生産までバリューチェーンをデジタルで一気通貫するツール開発と、それを担う組織が必要なことに合意し、それがきっかけで私自身がCDO職に就くことになりました。

製品サプライヤーから
ソリューション提供者に変わる

CDOの役割は企業の状況によって異なります。私たちの場合、社内のサプライチェーンの状況さえ見えづらかったという問題があり、かつ市場のデジタル化というトレンドに合わせて社内を改革していく、という大きなミッションがありました。問題は山積していましたが、デジタル化のモチベーションとしては健全だったと考えています。

  • 腰を据えて社内を
    改革することが
    トランスフォーメーションでは
    ないでしょうか

  • 一方で、デジタルありきで、とにかくデジタル化するという掛け声の下、虫食い的に様々な仕組みをデジタルに置き換えるというアプローチは、必要な側面はあるものの、トランスフォーメーションではないと感じます。マーケットニーズに応えるため、腰を据えて社内を改革することがトランスフォーメーションではないでしょうか。

社内の意識改革の点では、トップのメッセージが何よりも重要です。「モノからコトへ」という掛け声を何かにつけてはトップに発信してもらっています。技術部門や生産部門に対しても「あなたの仕事の顧客は誰なのか」という点を常に意識してもらい、製品提供からソリューション提供へ変革するというミッションを、それぞれの部門がブレイクダウンして考えています。

デジタルトランスフォーメーションにはパートナーが不可欠ですが、私たちのような企業の場合、ローカルにPOCを行うフェーズと、グローバルにスケールさせていくフェーズの間をシームレスに繋げる必要があります。例えば私たちが東京でPOCを行う場合、東京に拠点を持つパートナーと協業しさえすれば良いですが、東京でのPOCがうまく行けば、次はオーストラリアへ展開し、その次は南米へ等、というフェーズが待っています。必然的にパートナーもグローバルに対応できる企業の方が望ましくなります。

実装が済んだ後の、メンテナンスや現地に即した改善活動などは、私たちの手から現地の事業部へハンドオーバーされるため、パートナーにも現地の事業部と直接やりとりしていただく必要があります。1社で世界の全ての国や地域に対応できれば良いですが、なかなかそういう訳にもいかないため、リージョン毎などでベストなパートナーを選定します。複数のパートナーがいると、競合関係にあるケースも出てくるため、世界全体に及ぶパートナーのエコシステムを作るのは、実はとても手のかかる作業です。

製造業のバリューチェーンには
大きなディスラプトの余地がある

ブリヂストンが公表しているソリューションプロバイダーへ脱皮するためのロードマップにおいて、「Industry level Ecosystem play: 顧客やパートナーと連携してエコシステムを形成する」があります。

ブリヂストンを含め様々な会社が新規事業の立ち上げを模索しますが、アイディア勝負だけでうまくいくケースはほとんどありません。基本的ではありますが、ブリヂストンでやる意義や、今持っている強みを活かし、外部から新規性を持ち込んでそれらに掛け合わせることが必須です。

その内の一つが、世界中に生産拠点とサプライチェーン網を持っていること、および完全に内製化された製造プロセスです。それを社外の製造業企業の変革に活かしていただける可能性もあるのではないかと考えています。

私たちは、タイヤの製造工場で化学薬品やオイルやゴムの化学反応を起こし、その後アセンブリ工程に入れ、金型に入れてプレスし、出来た製品を世界中に出荷・供給する、ということをほとんど全て自前で実施しています。このサプライチェーン網を他の企業や他の業界とも連携し、生産性を高めることを検討しています。

中小の製造業の多くは消費者に届く最終製品ではなく、他の企業に納める中間製品を製造しており、日本だけでもこの中間財の市場規模は100兆円になります。

こういった会社を細かく見ていくと、例えば中国経済の成長鈍化により一部の製品で在庫が積み上がっている一方で、他の製品ではギリギリの納期に合わせるため残業している、という状況が見受けられます。工作機械一つとっても、数十時間分の指令がいっぱいに入ってフル稼働している機械の近くに、稼働せず遊んでいる機械があったりします。 そのような会社や設備が多くある市場で、例えば全体のサプライチェーンを3%改善できれば、数兆円規模のバリューになります。

製造ソリューションの展示会に行くと、それこそIoTのソリューションは山のように売られていますが、大企業志向のものが多く、かつ個別最適的なものが大半です。IoTの製品はあるが、それを全体の製造過程にどのように組み込めば価値を最大化できるのかを理解し、提供できるプレイヤーはまだ少ないのが現実だと思います。

ブリヂストンはそういったプロセス改善のノウハウを大量に有しているため、それを外部の会社のためにも活かせれば、大きな価値になると考えています。

ファネルワンからパートナーとWin-Winの関係を

これまで述べた方向性において弊社が望むパートナーとの関係は、従来型の納品をベースとしたサプライヤーとしてのものではなく、時間をかけてソリューションを共に作り上げていくチームに参加いただける会社を募る、というアプローチをとっています。目指すべき方向性は確固としたものがありますが、細部の課題については動いてみて初めて分かる要素も少なくありません。

ファネルワンを利用する目的は効率的に多くのパートナーの方と接点を持つことです。その後のプロジェクトで新興パートナーと私たちのような会社の協業が成功するには、互いに柔軟なマインドセットを持つことが重要です。私たちのような大企業にも意思決定が遅い点など変革しなければならない点は多くありますが、パートナーの皆さまもそういった状況をご理解いただける会社さんの方が、大企業のスケールメリットを使い両社良い関係が築けています。

私たちもパートナーの皆さまの気持ちや状況を理解するために努力をするので、パートナーさんにも私たちに歩み寄っていただけると大変ありがたいですね。

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