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高山 清光
高山 清光
Box Japan 執行役員
エンタープライズ営業1部 部長
日本ユニシスに在籍後、Omniture社、Cloudera社、Box社と3つの米国スタートアップ企業に、国内1人目の営業として参画。それぞれの企業が米国で上場を果たす中、日本法人での売上拡大の責を担う。現職でも4年で数千社を超えるお客様へBoxを導入、お客様の働き方改革をツールベンダーの目線で促している。

売っている商品を好きでなければ長続きしない

 どうすれば良い営業になれるかという問いには、本当に答えがありません。私は自分の会社やパートナー企業に請われて営業のレクチャーをやったりするのですが、まず資料のスライド1枚目で伝えるのが、ビジネススクールに営業学部はない、という事実です。マーケティング、人事、会計などは知識が体系化されていて学部まであるにも関わらず、営業学というのは存在しません。それだけテンプレート化するのが難しく、正解もないのが営業という職種なのです。

 一昔前はQBS(Question Based Selling)、最近だと「チャレンジャーセールス」という手法が流行ったりしていて、営業手法のトレンドは常に変化し続けています。その中でも変わらず重要なのは、自分が売っている商品の正しい理解、それを売るために何をすれば良いかという手法の理解、そしてそれが自分にとってやりたいことであるという状況の3つが、正しく揃っていなければならないことです。

 その商品の営業が、自分のやりたいことである、という状態は非常に大切で、そうでなければ長続きしません。真剣に好きなものを売っていなければ、ロジカルにセールストークをこなしても、なかなか伝わらないことがあります。

 私の場合、キャリアの最初にユニシスでwebソリューションを担当したことでwebに興味を持ち、それがきっかけでOmnitureに転職しました。Omnitureでの先進的なクライアントがHadoopを利用してオフラインデータの分析をしているのを見て、Hadoopに興味を持ち、次はそれを取り扱うClouderaに移りました。

 外資の営業で、しかも日本法人の立ち上げとなると、非常に短い期間で成果を求められます。四半期目標が2回未達だと日本撤退なんてケースもあります。自分が売っているものが好きでなければ、そんな状況下で結果を出すのは難しいでしょう。だから商品のことを好きかどうかは非常に重要なのです。

外資では日本市場を本社に売り込むことも必要

 もう一つ外資特有の事情を付け加えると、人、モノ、金が集中している海外本社の人々から見たときの、日本市場の立ち位置を正しく理解することが、先ほどの3つの要素と同じくらい重要です。

 私が今働いているBoxはクラウドでのコンテンツ管理ソリューションの製品を販売していますが、クラウドストレージにおける競合企業のほとんどがデータ容量で課金を行なっているのに対し、ほぼ唯一Boxのみが、利用人数で課金する体系をとっています。Boxが競合と同じく容量で課金をする会社だったら、私はおそらく入社していませんでした。

 たとえばシンガポールは人口は非常に少ない市場ですが、大資本の企業が集中しているので、データ容量だけで課金すれば、本社にとって日本よりも魅力的に映るかも知れません。でも利用人数に応じた課金であれば、日本は単一マーケットとしての人口が大きい国なので、シンガポールよりも遥かに大きなプレゼンスを出すことができます。

 あと中国でも規制されることなく自由に販売できる製品を取り扱っている会社だと、中国市場の方が日本よりも遥かに旨味が大きいため、市場としての日本のプレゼンスは下がってしまいます。中国で販売できない製品を売っている会社であれば、日本市場により大きなリソースを割いてもらうことも可能です。そのように自分の売り物と担当する市場の価値を冷静に分析することも重要になります。

 私は外資の日本支社の立ち上げを何度もやっているので、同じようにこれから日本の立ち上げに取り掛かる人から相談を受けることもあるのですが、立ち上げる製品選びの観点や、製品を好きになる情熱の部分を欠いている人を多く見かけます。何でも良いので「立ち上げをやりたい」という意欲が先行しているケースですね。それでは長続きしないのではないかと感じます。

べンダー営業の役割は、
顧客の視点を破壊すること

 日本でのソリューションビジネスに特徴的なのは、事業を拡大するために、どうしてもパートナー(販売代理店)経由の売上が主となることです。Boxは日本の立ち上げよりもう4年目になりますが、幸いにして当初より良いパートナーに恵まれています。

 当初から参画していただいているパートナーも、もう4年目になるとそのBox製品に関する経験値や知識量は相当なものになります。すると、そういった経験豊富なパートナー企業の営業よりも、私たちベンダー側の営業の方がうまく提供できる価値とは果たして何なのか、という問いに突き当たります。これはすごく難しい問題です。

 私の使命は製品の知識を漏れなくパートナーと共有することです。私が知っているのに、パートナーが知らない製品知識があってはいけません。となると、場合によっては製品知識も業界知識も顧客についての知識も、パートナーが私たちベンダーを上回るケースもあります。

  • 高山 清光
  •  私は、そのような状況下において、ベンダー営業が出せる価値とは、顧客の視点を破壊するぶっ壊すことだと考えています。私たちのパートナー企業の多くはSIerであり、基本的にSIerは顧客の持っている視点に挑むようなことはありません。ベンダーだからこそ、敢えて空気を読まずに顧客の視点にどんどん突っ込んでいくことができるし、その必要があると思います。

 何年も前に、とある小売業大手のCIO(=Chief InformationOfficer、最高情報責任者)に提案を行う機会があった際、私は「御社の株価は低過ぎるので、このままだとAmazonに買収されます」と伝えたことがあります。もちろん入念なデータとロジックで理論武装した資料を見せながらの話ですが、そういう疑問を投げかける営業というのは、少なくとも当時はあまりいませんでした。

 相手の会社に危機感を植えつけた上で「うちの製品を導入してイノベーションを起こしましょう」と提案しているわけですから、「じゃあお前が転職してうち(=クライアント)でやれ」と言われても、よしやろうと思えるくらいの意気込みが必要です。そのくらい意気込むと、製品導入の細部に到るまで欠陥がないかすごく気になって調べ尽くします。相手のCIOのことも、今いる会社でのその人の業務だけでなく、過去のキャリアにおける成功や失敗まですべて下調べし、提案の場でも真剣勝負の計り合いをします。そのくらい真剣になれば、相手も「あ、この営業は単なる物売りじゃないな」と分かってくれるでしょう。

 私が提案の際に特に入念にイメージするのは、交渉相手であるCIOやCMOが参加する役員会の風景です。新しい技術を導入しようとする際、CIOやCMOは、技術に明るくない他の役員から、「業務のデジタル化は進んでいるのか」と問いただされたり、逆に「セキュリティは大丈夫なのか」と突っ込まれたりします。私たちベンダーの役割は、CIOやCMOが社内に正しい危機意識をインプットし、反論に対しては言い返すための武器を持たせることだと考えています。

 今私は事業拡大のために、自分の時間の1/3を採用活動に割いていますが、このような顧客の視点に問題意識を投げかけ、それを破壊できるような営業を特に探し続けています。とは言ってもやり過ぎると反感を買うので、バランスが大切ではありますが。

センターピン顧客だけを
獲りに行ったからこそ今がある

素早い事業拡大のためには、営業の効率化が求められます。Boxに入ってまず国内の競合他社のホームページを見てみると、それらの競合企業の顧客ロゴが載っているわけですが、ロゴのラインナップにインパクトが欠けると感じました。

そこで私は社内のメンバーに対し、ボーリングのセンターピンをまずは獲ろうと言いました。つまりは日経225に入るような大手企業だけに売りに行くということです。実は売上目標がかなりシビアだったのですが、その目標をセンターピンだけで達成するというハードルを、自分にも他の営業にも課しました。

  • ただ闇雲に数字だけ
    積み立てていたなら、
    今のスケーラビリティは
    成し得なかったでしょう。

  •  立ち上げから4年経って、日本におけるBoxの導入企業は数千社を数えますが、顧客のラインナップにはそうそうたるロゴが並んでいます。そうすると、今度はそれに惹かれて導入を決めてくださる会社も増え、ビジネスがスケールし易くなります。立ち上げ当初から、ただ闇雲に数字だけ積み立てていたなら、今のスケーラビリティは成し得なかったでしょう。

 Omnitureで営業をしていた頃も、同じようなブランド構築を意識していました。Omnitureの立ち上げから3年経った頃、GoogleがUrchinという会社を買収し、Google Analyticsとして製品化しました。先行していたOmnitureも1年でGoogleに追いつかれてしまうのでは、と危惧する人もいましたが、結果そうはなりませんでした。なぜなら「最先端の企業が顧客としてOmnitureを利用している」というブランド力があったからです。

 こういうセンターピンへの営業戦略は、分かっていてもなかなか実施するのは難しいのですが、Boxにとって幸いだったのは、最近になって複数の企業を渡り歩く「プロCIO」と呼ばれる人たちが増えてきたことです。

 企業に転職して入って来たプロCIOは、過去のしがらみに囚われることがなく、「自分が来たからにはイノベーションを起こそう」という気概に溢れた人が多くいます。そのような顧客に対して、物を売るというよりは、「パートナーとして一緒にあなたの会社を良くしましょう」というアプローチで臨むわけです。

 だから私はあまり営業っぽくないと言われます。立ち上げ当初に導入を決めていただいたとある企業は、私に対して「高山さんは営業でもないのに、まるで営業のように担当してくれてありがとう」と言ってくれました。私の名刺には営業だと書いてあったのですが、そのお客さんはそのことに気づかなかったのです。

営業は顧客との1対1の勝負ではなく、
4人対戦の麻雀に近い

 外資の立ち上げばかりを繰り返すハードな日常の中で安定して結果を出して行くために工夫していることがいくつかあります。まず、自分はこの会社で一番売っている営業であるとか、一番お客さんに貢献している営業である、といった理想像をまずは描き、そこから外れないための努力を欠かさないことです。

 むかし、ジム・キャリーの「トゥルーマン・ショー」という映画がありました。自分の日常生活をすべてテレビで生中継される男の話です。大学生のときに観たのですが、自分もトゥルーマン・ショーの主人公であると意識するのは良い影響をもたらすのではとふと考えました。それ以来20年以上、自分の生活は常にビデオに撮られていてそれを誰かが観ている、と思いながら暮らしています。

 そうすると普段の姿勢も良くなりますし、魔が差して変な行動をとることもなくなります。理想の営業だったらこういうときにどうするのか、誰かが観ているんだと思うと、自分の今の行動がその理想像からズレていないかの定点チェックになります。

 私のキャリアにおける拘りは、一人目の営業として入社することです。Omnitureでも、Clouderaでも、今のBoxでも、一人目の営業として入りました。一人目の営業であれば、一番売れて然るべきですし、製品のことも一番詳しくて当たり前です。そのようなプレッシャーを自分に掛け続けることが、営業成績の安定に貢献するのではないかと感じます。

 その一方で、もちろんプレッシャーばかりだと身体は持ちませんから、思考を変えて自分を楽にする工夫も普段から欠かしていません。

 私は麻雀が好きなのですが、麻雀が面白いところは、4人対戦で、そのうちの一人には勝てなくても、別の一人に勝てば良かったり、あるいは対戦相手同士が争うことで、自分が漁夫の利を得られることです。

 営業を勝負に例えると、お客さんを対戦相手とみなし、その相手に勝てるかどうか1対1の勝負をイメージする人が多いかと思いますが、そういう勝負だけ続けていると、営業活動も辛くなってしまいます。

 現実も1対1の対戦というよりは、麻雀のように色々な相手との戦いに近いので、「こっちに負けてもあっちに勝てば良い」という考えで臨めば、気持ちも楽になりますし勝率も上がるのです。

営業は何回目のデートで手を繋ぐかをコミットする

  • 高山 清光
  •  私は20年以上営業をやってきて、売上目標を達成できなかったことは1回もありません。しかしそうやって目標を達成し続けていると、翌年の目標値も常に上がり続けるので、どのように営業手法を効率化するかが至上命題となります。

    私はパートナー向けの勉強会などで、夕日に向かって手を繋いで歩いている男女の写真を見せて、「これは何回目のデートでしょうか?」とよく尋ねます。デートのとき、特に男は「何回目のデートまでにはどこまで持って行こう」なんて考えたりしますが、意外にも営業の場面では、男女のデートのときのように進捗のコミットをしている人は少ないのです。

 だから私は同じチームの営業にも「4回目のミーティングまでに何を終わらせているかにコミットし、そこから逆算して2回目と3回目のミーティングをこなそう」というように厳命しています。

過去10年で通用した営業手法は
これからどんどん廃れて行く

 Boxは企業向けクラウド・コンテンツ・マネジメント・サービスを提供する会社として、特にここ1年の働き方改革などの波にのり、多くの引き合いをいただいています。しかしながら、クラウド製品を売っている営業の側が、働き方改革ができていないというケースが、この業界では多く見受けられます。

 営業のプロというのは、他の職種と比較して「前の会社ではこれで成功した」という体験をより引きずる傾向があるように感じます。そういった成功体験に頼ると、働き方は何も変わりません。顧客からみたときに、物を売りにきた営業担当者自身が働き方改革を行なっている方が、説得力もあるし面白いと思うのです。

 昔と決定的に違うのは、検索が普及したことにより、顧客側もベンダーの製品を事前に下調べし、ある程度当たり先を絞ってからベンダーに問い合わせをするようになったことです。顧客はある程度ベンダーの製品を良いと思っているから、そのベンダーの営業と話をしているんだという前提条件を忘れてはいけません。本当は富士山を5合目から登っているにも関わらず、まるで1合目から登ったかのような勘違いをしてはいけないのです。

 いずれ顧客は8合目まで富士山を登って来てから初めて営業と話をするような世界になると思います。そうなったとき営業のバリューとは何だろうかを常に考えなくてはなりません。過去5年10年で通用した営業の手法は、これからどんどん通用しなくなっていくはずです。だからこそBoxでは営業手法やその働き方を常に改善して行きたいと考えています。

 例えば私は、毎週月曜日はPCに手を触れず、すべて音声入力でメールを返すと決めています。他にも絶対に紙に印刷をしないとか、様々な取り組みを実際に自分達で体現していくことで、常に今よりも面白い仕事と営業をやっていこうと心がけています。