ココカラファインでマーケティング責任者を務め、その後店舗のICT活用研究所を設立した郡司氏と、ロクシタンジャポンでデジタルマーケティング本部部長を務め、B2BにもB2Cにも精通する吉屋氏。
共に小売業界の敏腕マーケターとして、小売業界が直面するマーケティング課題をどのように捉え、それを解決しようとしているのでしょうか。また日々さまざまなベンダーから提案を受けてきた二人は、ベンダーの営業にどういった提案やマインドを求めているのでしょうか。今回初対談となるお二人に詳しく話を伺いました。
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ココカラファインでマーケティング責任者を務め、その後店舗のICT活用研究所を設立した郡司氏と、ロクシタンジャポンでデジタルマーケティング本部部長を務め、B2BにもB2Cにも精通する吉屋氏。
共に小売業界の敏腕マーケターとして、小売業界が直面するマーケティング課題をどのように捉え、それを解決しようとしているのでしょうか。また日々さまざまなベンダーから提案を受けてきた二人は、ベンダーの営業にどういった提案やマインドを求めているのでしょうか。今回初対談となるお二人に詳しく話を伺いました。
ロクシタンが直面するマーケティング課題
郡司 : まずはロクシタンで過去に直面されたマーケティングの課題とその解決事例、そして現状抱えている課題についてお聞かせいただけないでしょうか。
吉屋 : そもそものロクシタンというブランドの立ち位置から先に説明させていただきます。まず私たちが属している日本国内の化粧品業界の市場は海外からのインバウンド需要を除きほとんど成長していません。そして私たちロクシタンはターゲットとする女性の8割にはすでに認知されていることが独自の調査で明らかになっています。そうなるとこれ以上認知を広げて
もビジネスの成長は期待できないため、別の切り口が必要になっているという前提が私たちにはあります。
切り口の一つは購買内容を分析し、リピーターを多く獲得している商品を増やすというもの。もう一つは、ブランドに対して好意的な認知を8割獲得できているといっても、実際に購入していただいているお客さんはまだ8割には届いていないため、未購入の見込み客に実際に商品を買っていただく、というものです。
郡司 : まさに私の妻もロクシタンのライトユーザーです。どういった使い方をしているかと言うと、友人の転職祝いにハンドクリームのセットをギフトとして買うのが主なんです。でも自分で会員になって使い続けるというほど定着したユーザーではありません。
ライトユーザーを会員・リピーターに転換させるのは今仰った課題と重なると思いますが、どういった施策を取り組まれていますか?
吉屋 : まさしくどうやってギフトだけではなく日常的にも使っていただくブランドになれるか、CRMという切り口でも取り組んでいます。元々会員登録のプロセスでは、お客様に店舗で紙に個人情報を記入してもらっていたのですが、その登録をiPadで行えるようにデジタル化していきました。ところがiPadを配布するだけでは店舗側がそのオペレーションに付いてこれないケースも多々あるので、QRコードやLINEのバーチャルカードなどを用い、お客さまが自身で登録できるようなプロセスへの簡素化を目指しています。
もう一つの取り組みとして、会員になるメリットを増やして明確な訴求を行なっています。具体的には、年間の購入金額が一定のラインを超えたお客様をその後1年の間VIPとして認定します。このVIP会員の名称は「クラブオクシタニア・レーヌ会員」と言うのですが、該当する会員の方々を新製品発表イベントにご招待したり、レーヌ会員しか購入できない製品を販売することで、ブランドへのロイヤルティを高める取り組みを実施しています。
郡司 : ロクシタンのようにブランドが確立されている企業であればその取り組みはとても良いですね。私が以前働いていたドラッグストアのような日用品を取り扱う小売業界でも年間購入金額に応じたステージ制を設けて、高ステージのお客様はポイントが5倍付くような取り組みがよく行われますが、後から検証してみると期待していたほど効果がないことが分かっています(笑)。
ドラッグストアの場合、そういう施策をやってもやらなくても、来るお客様はよほど嫌な体験をしなければリピートしますし、ロイヤルティを高めてからいざ値上げすると、お客様はすぐに他の店へ行ってしまいます。なので、ブランドロイヤルティの向上は難しい課題でした。
吉屋 : ロクシタンの場合はまさにビジネスがブランドのユニークさに依拠しています。フランスの化粧品メーカーは他にもいくつかありますが、パリではなく南フランス発祥で、かつ自然由来の化粧品というポジショニングは独自のものだと考えています。
それをお客様に実感してもらうためには、製品を使うのはもちろんですが、ブランドの本拠地であるプロヴァンスの世界観に触れてもらうことが一番エンゲージメントを喚起すると私たちは考えており、そのためにイベントや店舗の独自性の確立にも注力しています。
ただしマーケティング投資の効果測定についてはまだ課題が多くあります。デジタルに限らず雑誌広告、テレビ広告、リアルイベントなどを実施している中で、オフラインtoリテールやオンラインtoリテールの効果の可視化は、まだ業界スタンダードとなるようなメソッドも確立されておらず、大きな課題として残っています。
郡司さんの場合元はドラッグストア出身ということで、チラシなども大量に活用されていたかと思いますが、総合的な効果測定についてはどのように取り組まれていましたか?
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業界の常識が
否定されることは
ブレイクスルーの
チャンスです。 -
郡司 : お答えするのが難しいですね。効果測定はしており結論もある程度出ていました。チラシは全国で少なくとも月に1回、地域によっては毎週配布しています。ときおりパネル調査等も行って費用対効果の測定をしていましたが、どういう結果だったかここでは言えません(笑)。
デジタルマーケティング本部 本部長
※2018年8月にインタビュー
喋れることとして、チラシは地域ごとの特性が良くわかるので面白いです。プッシュ通知付きの電子チラシを配布すると、郊外にある店舗の方が市街地の店舗より最大7倍程度反応が良いという結果が出たこともあります。郊外は新聞折込みのチラシでないと駄目で、スマホアプリは都市部向けという常識が否定されました。業界の常識が否定されることはブレイクスルーのチャンスです。こういうことがデータで明確になるのがデジタルの良いところですよね。
吉屋 : ロクシタンの場合、デジタルに注力するようになる以前に一番力を入れていたのはDMです。かつてはバラの造花が入ったDMも作成していました。クリエイティブや表現面でのA/Bテストは随時実施し、効果があるケースやないケースもある程度把握できています。
しかしながら毎年何十回、毎回数十万通のDMを長年の間送っていたので、効果があることを前提に続けていた側面があるのは事実です。DMが担っていたファンクションの中でデジタルに移行できるものもあります。一方で、サンプルを同封したり、紙質含めて世界観を表現したり、と今でもDMでしか実現できない機能もあります。どのようなコンテンツをどのようなメディアで伝えていくのか、コミュニケーションの戦略によってメディアごとに役割は分かれているべきと考えています。その上で、ターゲットを想定し、DMを送り続けた方が良い顧客とメールやデジタルツールの方がよい顧客を見分け、複合的なメディア利用の最適解を見つけることが現在の課題でもあります。
郡司さんの場合はチラシとデジタルの使い分けはどのように意識して実行されていましたか?
郡司 : チラシなどのオフライン施策を長年大々的に実施してきた企業にとって、デジタル投資の拡大は、どうしても既存のオフライン施策から予算を切り取ってくるというアプローチになりがちです。
必然的に抵抗勢力も出て来ます。新しいデジタル施策は狭く小さな範囲でテストを行い、結果検証して理解を得ていくことを地道にやっていく繰り返しですね。売上の拡大がクリアに見込めていない限り、予算のアロケーションは容易ではありません。
吉屋 : それは実店舗を持つ小売業界に共通の課題ですね。化粧品業界は出荷ベースの売上で昨年2.7%程度しか伸びておらず、基本的にはシェアの奪い合いです。となると新興の会社でない限りは、新規マーケティング予算がいきなり何億円の単位で出て来るということは有りえず、どこか既存の予算から移してくることになります。当然ひとつひとつのデジタル施策の実施判断にもシビアになります。
先日、とある大手飲食チェーンのマーケティング担当役員だった方が、「いろいろ試したがパーソナライズするためのCRMには意味がない。メールもLINEももう辞めた。テレビとTwitterと自社アプリだけで十分」ということを仰っていました(笑)。もちろん莫大なトラフィクと店舗数を誇っている飲食ブランドだからこそ、そのような判断になるのだと思いますが。
郡司 : 飲食と物販は明確に違いますね。飲食でちゃんとCRMを実施している企業はほとんどないのではないでしょうか。もともと紙の会員カードを使っていた時代でも、顧客の立場からするとカードを頻繁に無くしたり忘れたりしていましたよね。
膨大なダウンロード数のアプリを保有されている飲食チェーン企業さんもいくつかありますが、多くの場合アプリにはクーポンコードを店舗で提示するためのファンクションしかなく、会員の識別もそもそもやっていません。
吉屋 : 飲食の場合、お店に来てもらう動機付けでディスカウント以外の施策を取るのが難しいため、仕方ないかも知れませんね。ロイヤルティを上げるためのCRM活用がそもそもできないケースが多いです。
郡司 : ロイヤルティやエンゲージメントの高め方で一番巧いなと思うのは無印良品さんですね。無印では同様に一定の条件を満たした顧客のみを新規出店店舗に招待したり、特定の店舗でミニタオルを貰えるキャンペーンを実施していたりと、値下げだけではない施策を多く実施しています。
吉屋 : 無印さんの場合は商品ラインアップが多いので、顧客にとって店舗に行けば何か欲しいものが見つかるという点は、他のブランドと異なる点ですね。一言でデジタル施策といっても、それぞれのブランドが持つビジネスモデルの価値を最大化するような施策が必要になっていくということだと思います。
郡司 : 化粧品だけを売っているブランドだと、化粧品がなくならない限り店舗を訪れる動機は少ないですからね。
デジタル全盛の時代に
ロクシタンがDMを継続する理由
郡司 : 少し話を戻しますが、デジタルと比較してアナログ施策は費用対効果の把握が難しかったり、そもそも費用対効果が低いケースもある中で、ロクシタンさんがDMというアナログ施策を継続している背景にはどういった考えがあるのでしょうか?
吉屋 : そもそもロクシタンは私が入社する以前から、会員カードに購買履歴を紐づけながら個人は特定しないID‑POSデータの管理や分析は実施していました。「顧客が一人あたりどんな商品をどの程度購入しているか」や「年間何万円以上購入している顧客はこういう商品を主に購入している」という分析は既にできていました。
ただしID‑POSデータの分析は、大枠のトレンドを知る目的には役に立ちますが、具体的に一人一人の顧客にもう1品買ってもらうには何をすれば良いのかといった、所謂CRM施策の策定とターゲティング施策の実施には不十分です。
それまでは店舗側はチケット数(=レシート数)と単価で売上を追跡していました。例えばチケット数が十分にあれば、そこから導き出される売上向上施策は、単価を上げるためのアップセルになります。
しかし顧客を一人一人特定できるようになると、例えば実は一部の人が何回も購入していることによってレシート数が多く見えているだけで、真の課題は新規顧客が獲得できていないことだといったことが分かるようになります。それを実施するためにID統合を行い、顧客一人一人を区別して特定できるようにしました。
DMの効率性アップはID統合の成果の一つです。私たちはAdobe Campaignを利用していますが、Adobe Campaignでは任意の条件をトリガーとして施策を実施できます。しばらく運用を継続していると、意味のあるトリガーとそうでないトリガーが明確に分かるようになりました。
そこで得た知見をDMにもフィードバックすることで、ただ闇雲に宛先リストにマスアプローチでDMを一斉配信するのではなく、効果の見込まれないセグメントに対してのDMを削減することができるようになります。こうして予算は以前よりも削減しながら、引き続き同規模の売上をDMから喚起することができています。
郡司 : まさにCRMツール導入における成功事例の王道ですね。
吉屋 : 一方で同様の施策をリアル店舗で実施するにはまだまだ障壁があります。デジタルと異なり、トリガーの起点となる顧客のアクションも大きく分けて来店と購買の2種類しかありません。まず顧客が店舗に来て何かを購入してくれないと何の洞察も得られないため、打ち手の数が非常に限られます。
郡司 : 来店と言うのは、レジを通過していない(=購入していない)店舗入店ベースの来店客数も取得できているのでしょうか?
吉屋 : 個々の識別はまだですが、トラフィックカウンターのようなツールは導入しており、どの時期にどの程度の来客があるかは把握しています。これにより、DMを送ったときにどの程度のインクリメンタルが見込めるなども、話の俎上に挙げられるようになりました。
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来店数の把握は
施策考案と策定の上で
クリティカルな指標 -
郡司 : それはもっと小売業界で実施すべきことの一つですね。入店客数を把握せずレジでの売上しか追いかけていない企業がとても多いです。私のお手伝いしているITベンダーと一緒に小売業幹部の方々にお話を伺いに行くと、よく「お客さんが店内をどう回遊しているのかを把握して導線を改善したい」といったご要望をいただくのですが、そもそも店内の導線以前にお客さんがどの程度入店しているのか把握できていないケースが多いです。
リアル店舗の来店数は、ECで言えばPVやセッション数のようなもので、非常に重要な指標です。でもリアル店舗ではコンバージョン数と金額しか追いかけていないというのが現実ですし、そこへ投資をしている企業は皆無です。とくにロクシタンのようなケースだと、店頭のプロモーション施策で店内まで入ってくる人の数も大きく変わるでしょうし、来店数の把握は施策考案と策定の上でクリティカルな指標だと思います。
吉屋 : それは仰る通りで、どうやってお客様に店舗の中へ足を運んでもらうか、というところから勝負はスタートしているのだと思います。そこを把握せずに売れた売れないだけの話をしても片落ちです。トラフィックを把握せずにチケット数だけを見て増えた減ったという議論をしても、コンバージョンという意味では店舗側は納得できず、トラフィックという意味ではマーケティング部門側も施策が効いたのかどうか分かりません。
ファネルワンでリサーチと
オリエンの時間を大幅に圧縮
吉屋 : マーケティングの本質的な役割は、潜在的なニーズを突き止めて、魅力のある製品を世に出す手助けをすることだと思っています。化粧品の業界ではクリスマスが売上の面で最大のシーズンなのですが、昨年「クリスマスシーズンに一番買いたい化粧品は何か」を市場調査する際にファネルワンを利用しました。大至急で調査を実施する必要があり、ファネルワン上でソーシャルリスニングの提案を募ったのですが、募集開始から1∼2日で優れた提案が複数集まりました。
郡司 : ソーシャルリスニングの良いところは今の生の声が聞けることですよね。
吉屋 : その通りです。FGI(=Focus Group Interview / フォーカスグループインタビュー)とかをやってしまうと、どうしても元々ブランドのことを好きな人や玄人的な意見を持っている人が集まってしまうのは避けられません。普段私たちの製品を使っていない人の声を聞くのであれば、ソーシャルリスニングのような手法が適しています。
郡司 : ちなみになんで大至急だったのですか?
吉屋 : 化粧品も実は季節性に左右される製品です。クリスマス用の製品を売り終わったら、次はすぐにバレンタインデーやホワイトデーがやってきます。時期を逃すと顧客のマインドも切り替わってしまうため、クリスマスに関する調査や見直しはクリスマスの時期にやっておく必要があります。機会を逃すとまた1年後まで調査はできませんから。
郡司 : なるほど、それは急ぎですね。ところでファネルワンでベンダーからの提案は何件ありましたか?
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ベンダーからの提案も
私たちの
個別のニーズに即した
実践的なものでした。 -
吉屋 : 課題を掲示した当日に2社から提案があり、3日以内に合計で5社から提案がありました。簡単なブリーフィングも含んだ課題を掲示してあるので、ベンダーからの提案も私たちの個別のニーズに即した実践的なものでした。掲示から1週間以内に各ベンダーの強み・弱みと具体的な提案を一通り集めて理解することができたのは画期的だと思います。5件の提案の中から2社をピックアップして実際にお会いしました。
これが今までのように1件1件問い合わせて、全ての会社と対面ミーティングをスケジュールして初回提案を直接聞く、というやり方だと、下手をすれば2∼3ヶ月かかることもあります。
郡司 : 実際お会いになった2社は他とどこが違いましたか?
吉屋 : 大きく分けて3点ありました。ロクシタンの製品や私たちのニーズを理解した上で、それらに即した提案内容になっていたというのが1点目です。2点目はソリューションがニーズをカバーしていたかどうかです。例えばロクシタンというブランドは、特性上Instagramにも活発なコミュニティがありますので、そこを拾えるかどうか、などですね。最後の3点目は、私たちの側に分析や解釈を円滑に行うリソースがなかったので、そこもセットでお手伝いいただけるということでした。
一般論的に「ソーシャルリスニングに興味があります」というところからベンダーと会話を始めるよりも、早く目的にたどり着くことが可能となりました。
郡司 : 私も前職でファネルワンを利用して感じたことが2つあります。1つ目は、少し表現が悪いかも知れませんが、ベンダーのフィルターとして使える点です。
展示会を訪れて大量に名刺交換すると、後から頻繁に営業攻勢を受けます。その際、「弊社の課題は全てファネルワンに挙げてあるので、それらを解決できるソリューションであればまずはファネルワン上でご提案ください」とお伝えしていました。
課題にまったくフィットしない製品を提案いただいても、互いに時間のロスになりますので、それを避けることができました。
吉屋 : 提案を募集するというよりも、課題の管理ツールのような使い方ですね。
ベンダー提案とマーケター課題の
ミスマッチが非効率を生んでいる
郡司 : ベンダー営業からの電話も、良い提案であればどんどん受けたいと思っているのですが、実際にこちらが抱えている課題にマッチする提案は少ないのが現実です。特に対外的に発表していない開発中の分野になると、外から見れば課題が残存しているかどうかは分かりません。アプリを準備していてリリースする直前に、新規のアプリ開発ベンダーから「御社はアプリがありませんよね」と言われてしまうという、構造的な非効率さも存在します。
もう1つは、まったく知らなかったベンダーに出会えることですね。前職でサイト内検索の課題を抱えていたときです。ユーザーが「マスク」と検索したときは、ドラッグストアとしては風邪や花粉を防止するマスクを優先的に検索結果に出したいのですが、売れ行きから「フェイスマスク」の方が上位に表示されたり、とあるメーカーの「ダマスクローズの香り」が上位に表示されたりということがありました。
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ベンダーから
ズバリの提案を
いただきました。 -
検索エンジンの辞書をメンテナンスすれば済む話なのですが、そのために人員を新規採用することもできず、外部のリソースで解決できないかとファネルワン上に課題を掲示したところ、私個人は一度も聞いたことがなかったベンダーからズバリの提案をいただきました。
結局ベンダーを探すために展示会に行っても、展示会にブースを出せる体力のある会社は限られています。特にニッチな分野に強みを持つベンダーは、そもそも展示会に出展する意味がないケースもあります。
吉屋 : ピンポイントで欲しいソリューションを見つけられるのは良いですね。
郡司 : あとこれは実例ではないのですが、普段パッケージされたソリューションを主に販売しているベンダーで、パッケージのラインアップにはないが、ゼロスクラッチで開発ができる、というソリューションも多くあると思います。そういったものを見つけるのにファネルワンは使えるかも知れません。
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吉屋 : マーケターの側で課題が言語化できている場合はフィルターとしても、出会いの場としてもファネルワンは有効ですね。その一方で、マーケター側の反省としても、なんとなく懸念や課題感を抱えているが、言語化までには至っていない潜在的な需要もあるのではないかと思います。
郡司 : 一般論として、そもそも自社のマーケティング課題を正確に把握し、優先順位を付けることができている会社はそこまで多くないかも知れません。細部を正確に言語化できるスタッフが社内にいない、というケースもあると思います。
そうなると極端な話、課題が「売上を上げたい」みたいなものになる(笑)。
吉屋 : そりゃ上げたい。ものすごく上げたい(笑)。
郡司 : 当然ながら書いていないことにはベンダーも対応できないし、曖昧すぎる課題だとミスマッチを招いてしまいます。ある企業がCRMを導入したいと言っても、話をよくよく聞いてみると新規顧客獲得が本質的な課題だったというケースもあります。
一言でCRMと言っても、接触している見込み客を最初の購買に繋げたいケースと、すでに購買している顧客層の購買頻度を上げたいケースで、必要な施策は異なります。
そこを言語化できないと、ビッグサイトの展示会でよく見る「CRMいかがですか」「AIいかがですか」「ビッグデータいかがですか」みたいな話と同じになってしまう(笑)。
吉屋 : 課題を出す側のリテラシーによって解決施策のクオリティも変わってきますよね。何がトレンドなのか分からないのであれば展示会に行けばいいですし、ちゃんと課題が言語化できているのであれば、ファネルワンのような場を使えば良いと思います。
郡司 : 予算感や規模感の把握も重要ですね。新規顧客の獲得と言っても今何人会員がいて、新規で何人獲得したくて、それに対して使える予算がいくらなのかという話を最初から提示した方が、ベンダーも課題にマッチする提案を行いやすくなるはずです。
吉屋 : 一方でベンダーの側も、ただパッケージ化されたソリューションを売りたいだけの人も多いのが事実です。
郡司 : ベンダーにも凄く知識や経験が豊富な営業の人がいて、そういう人と話していれば自然と不明瞭だった課題や解決策が見えてくるなど、会って話していても有意義な時間になることもあります。でも残念ながら8∼9割の営業の方はそうではなく、「こういう新製品が出たので買ってください」という話しかない。それを全否定する訳ではありませんが、そういう話を全部聞いていると仕事する時間がなくなるので、何らかのフィルターは必要です。
吉屋 : 少なくともECをやっている企業に提案しようと思うなら、その企業のサイトで購買プロセスを誰でも実体験できる訳です。本当に意味のあるご提案をいただけるようであれば、ベンダーさんにもちゃんとサイトや購買プロセスを確認してから提案をいただきたいですね。
「同じフランスの化粧品会社の某社がやっているので御社もやりましょう」と提案されても、私たちとはブランドのポジショニングや単価、購買頻度など全く異なる会社だったりして、必ずしも同じソリューションが当てはまるとは言えない場合もあります。
ベンダー提案はこうすれば
採用確率が高まる
吉屋 : 話は少し変わりますが、私は以前DELLでB2Bマーケティングをやっていました。最近B2Bマーケティングの理論が確立されてトレンドになっていますが、現在自分が営業を受ける立場になると、営業の側がメソッドに乗っ取って何をやろうとしているのか透けて見えちゃいます。
例えばDMU(=Decision Making Unit、意思決定者)という言葉があるのですが、B2Bマーケティングメソッドではこの「DMUを探して接触ルートを作りなさい」というアプローチを取ります。まずホワイトペーパーをダウンロードさせて電話番号を取り、次に電話がかかってきて「レポートラインはどうなっていますか?従業員規模は?IT予算規模は?」というように、質問項目が決まっています。項目がメソッド通りだと、「ああ、今DMUを探しているんだな」というのがこちらにも伝わってきてしまいます(笑)。そういうのはベンダーの営業する側ももう少し工夫していただいた方が良いかも知れませんね。
郡司 : デート中に足ばっかり眺めているケースですね(笑)。
吉屋 : デジタルマーケティングというよりも所謂リテールテックの話になりますが、仕組みも技術も面白いものの、費用感がまったくマッチしない提案が多いように感じます。
郡司 : 有りがちですね。よく分かります。
吉屋 : 最近だと小売店はどこもセキュリティカメラが入っているので、そこにアドオンするだけで実装できるようなリテールテックも出て来ていますが、まだまだ実用性のない提案も見かけます。
情報を蓄積し、分析した結果から投資をリクープできるようなものであれば良いのですが、情報を集めるだけで費用がかかり過ぎ、かつ分析結果を活用するメソッドもある程度実現されていないと、なかなか採用に至るのは難しいですね。
郡司 : まだ分野として新しいので、どういったマネタイズができるのかを一切考えず、技術の新しさだけがアピールのポイントになりがちです。ツールベンダーから最終的な投資のマネタイズも視野に入れた提案をしていただければ導入ももっと進むと思います。とはいえ、そういう人材がいないベンダーさんは、小売業との通訳的存在が必要になります。この通訳が私の仕事です。
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吉屋 : その点IT業界の提案は洗練されていますね。例えばDELLの営業では、業界別・企業規模別のIT予算に関する知識があらかじめ計算・共有されています。例として、「建築業界に所属する50人規模の会社であれば、平均してIT予算がいくらある」というナレッジがある訳です。
50人従業員がいるのにPCを3台しか購入していない企業であれば、もっと購入余地があるはずです。そしてPCが5台10台と増えてくれば、今度はサーバを建てた方が管理しやすいので、サーバを売る方にスイッチする、というようにメソッドも確立されています。
化粧品業界に話を戻すと、上場している化粧品企業であれば、商品原価や店舗数なども開示しています。ベンダーが売ろうとしている製品がデジタルマーケティングであろうがリテールテックであろうが、見込み客の予算感はある程度分かるはずです。
他の古くからある業界では当たり前に行われているリサーチをもう少し実施するだけで、提案のミスマッチは減ると思います。
郡司 : それはDELLくらい大きな企業で顧客ベースも広いからできるということも言えますね。たいていのベンダーは、リサーチしたり顧客研究したりしている暇があれば展示会で名刺ゲッターのコンパニオンを雇って一枚でも多く名刺をとり、多少嫌な顔をされてもダメ元で一本でも多く電話を掛けた方が早い、と思ってますね(笑)。
吉屋 : それは確かにそうですね(笑)。
郡司 : そもそも展示会で名刺交換する相手と、実際に営業で電話を掛けてくる相手が同じケースはほとんどないですね。まあベンダーからすれば、名刺獲得と営業提案を分けた方が効率的なので、そうする気持ちも分かるのですが。
極端なケースだと、ベンダー内で情報が共有されていないため、営業担当者が交代したら「うちの会社の課題はこれで、背景としてはこのような事情があり、施策への予算感はいくらで、時期はいつまでに」といった内容を、またゼロから説明しないといけないということもあります。
吉屋 : 例えばCRMとマーケティングオートメーションを、同じベンダーの別部門からそれぞれ提案を受けているときに、部門間で情報共有がまったくできていないというケースもありますね。ベンダーにとっても情報共有した方が提案の精度も高まるはずなので、それができていないのは勿体無いです。
失礼かも知れませんが、課題を抱えている側の事情を下調べしてどれだけ情報共有したり準備したりするかは、ベンダーの社風に影響される傾向があると思います。
ただ最近の個人的な傾向としては、小規模なベンダーの方がちゃんと下調べした提案をしていただけるケースが多いように感じます。そういったベンダーから同じフォーマットで宛先の企業名だけ変えたような提案書をみる機会は少ないです。
郡司 : ベンダー営業の方がご自分の実体験として見込み客の製品を利用したり店舗を訪れたことがあれば、そこから話が広がっていくケースもあります。そういう経験も事前リサーチも全くなく、ただ「業界の企業を大きい順番にテレアポしています」という姿勢がバレバレな営業は厳しいですね。
マーケティングは、顧客にとって価値のある製品やサービスを提供するために必要なすべての要素をコントロールする役割を担い、その結果、顧客からの信頼を勝ち取り、継続的に成長することを目的としているわけです。つまり、自社の顧客を理解し、価値を創造し、価値を届けることをやり抜くことです。
したがって、ベンダー企業にとっての顧客であるユーザー企業にとって何が価値のあるものなのかを知ろうという努力をベンダー企業はするべきなのだろうと思いますね。