カヤック インタビュー
 
ユーザーのVRリテラシーに合わせたコンテンツを設計。
XRを使った企画のポイントをカヤック・天野氏に聞く

5Gの本格的なスタートが期待される2020年は、XRが飛躍する年とも考えられています。XRとは、VR/MR/ARなどのテクノロジーを総称した言葉です。誰もが、仮想体験を身近なこととして感じられるようになったとき。そこで勝負のカギを握るのは、やはりコンテンツの企画性に他なりません。

そのような未来が予想される中、Webを中心とした独自性の高いクリエイティブを展開する面白法人カヤックは、XRチームを設立。VR/MR/ARなどの最新技術を用いて、企画性のあるコンテンツの開発と制作・発信に注力しています。

XRチームを率いるのは、カルチャー領域を得意とし、アニメのオープニング映像制作からイベント・ライブの企画、演出まで手がける、クリエイティブ・ディレクターの天野清之氏。VRを中心に、XRの企画を考えるときのポイントをうかがいました。

リアルでできない体験をXRで届ける

ー まずは、天野さんがこれまで担当されてきた、XR領域の企画を教えてください。

株式会社カヤック クリエイティブ・ディレクター・天野清之氏(以下、敬称略):

PlayStation®VR向けコンテンツ「傷物語VR」は、とても高い評価をいただき、思い入れのある作品です。簡単に説明すると、VR空間の中でプロジェクションマッピングを行っています。

ユーザーは映画館のような空間の中で、キャラクターと一緒にスクリーンを眺めているところからスタートします。はじめはスクリーンにプロジェクションしていますが、ストーリーに合わせて全体の空間が変化していくのです。このときのポイントは、視点誘導。たとえば、キャラクターが傘をさすシーンでは、下から煽るように傘を登場させます。すると、ユーザーは下を向きますよね。その視線が落ちた位置に水たまりを描き、そこへ映像をプロジェクションしています。VR空間は物理的な制約がないので、映像に出てくるパーツそれぞれに、ユーザーの視点を組み込み、その後に繋がるストーリーの伏線を張るような形で設計していきました。


ー VRに慣れていないと、コンテンツのどこを見てよいか分からないときがあります。視点誘導を組み込んだストーリーならば、ユーザーは迷うことなく自然とコンテンツを体験できますね。没入感が深まっていく仕組みだと思います。

天野:

また、MRと呼ばれる現実拡張・ミックスリアリティの領域では、昨年9月に国立新美術館で行われた ピエール・ボナール展の、プロジェクションマッピング を企画しました。

このときの課題は、「美術館が提供する体験の向上」です。美術館は、来館者に絵画鑑賞をより良くする体験を提供したいと考えています。しかし、その多くは絵画の歴史などの副次的情報を伝えるだけに留まってしまうそうなんです。「テクノロジーを使って、もっと面白い美術館体験を届けられないでしょうか?」とご相談をいただきました。

そこで考えたのが、画家の目になる体験です。絵画は、画家が実際に見ている景色のほんの一部で、本来、画家にはすべてが見えているわけですよね。その直感的な思考やセンスを、美術館で追体験できると面白いのではと考えました。そして、「キャンバスの大きさという制限がなかったら?」「画家に見えていた景色がすべて描けていたら?」というコンセプトを作り、機械学習を用いたプロジェクションマッピングを企画したのです。

具体的には、映し出されたキャンバスの絵を起点に、描かれていない風景をプロジェクションしました。ここで使われているのは、360°動画です。オルセー美術館の協力を得て、実際に画家が絵を描いた場所で動画を撮影をしています。それに、元の絵の画風を機械学習させて動画に変化をかけ、空間にプロジェクションしたのです。そうすることで、画家の目になった体験を提供しました。

VRリテラシーを理解したUIとUXの設計で「VR酔い」を防ぐ

ー XRの技術を使うことが前提ではなく、課題を解決し、届けたい体験を最大化する技術の活用をされているのですね。では、テクノロジーを活用するとき、どのような点に気をつけていますか。

天野:

VRを例にすると、まず最初に越えなくてはならない壁があります。それは、感覚不一致を起こさないこと。感覚不一致とは、VR空間内で一方的なコミュニケーションを取られることにより生まれる、違和感のことを指します。

VR空間では視覚情報や音が奪われるため、一方的にコンテンツが進むと理解が追いつきません。現状は単尺のコンテンツが多く、「気づいたら終わっていた」「なんだか、気持ち悪いな…」となってしまいます。VRに慣れていない人ほど「VR酔い」に繋がります。

感覚不一致を防ぐためには、ユーザーが「自分は何をしていて、どこにいるのか。どんなふうに行動しているのか?」を理解できるよう、UI・UXでしっかりと設計することです。すると、VR酔いをせずに、面白いという体験に変わります。

とはいえ、VR体験者も増えてきましたので、感覚不一致をクリアするのは去年までのプロセス。これからはVRのデバイスの進化に合わせて、コンテンツを届けるユーザーのVRリテラシーを考えつつ、制作していくことが大事だと思います。


ー 現実とVRの世界をシームレスに繋ぐために、提供したい体験の前後からストーリーを作ってあげると良いのでしょうか。

天野:

ストーリーやコンセプトに関しては、そうですね。ユーザーのVRへの慣れやコンテンツの内容によって、UIやUXの作り方も変わります。たとえば、完全にオーバーラップするような没入感型のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)の場合は、勝手に直進させるだけで酔ってしまうものです。一方、どんな動きをするのか想像できるレースゲームは、直進しても酔う可能性が低い。自分が、右に曲がろう、左に曲がろうと理解していると、酔いづらくなってきます。


ー 楽しませたい、びっくりさせたいという体験を作るプロセスの中に、人の体の構造や感覚も踏まえた設計が必要なのですね。そして、対象となるユーザーがどのレベルでVRに慣れているかを考えることも大切。

天野:

傷物語VRを例にすると、このコンテンツはアニメファンやVRのライトユーザー向けに作りました。ですから、自分から難しいインタラクションをしなくても、楽しめることを基本軸にしています。目指したのは、まっすぐ前を向いていれば、映像が流れて変化が起こり、見ているだけで楽しいコンテンツ。その中で、視点誘導を組み込み、キャラクターからのリアクションにコミュニケーションをとると、何かが発生するというシンプルな設計です。コンテンツを見ていくごとに理解していく、チュートリアル的な作り方を意識しています。

「未来はどうなっているか?」の視点を持った企画に価値がある

ー 企業が、マーケティングやプロモーションにXRの技術を活用したいとき、考えるべきポイントはどのようなことでしょう。

天野:

XRは、まだマスの存在であると言えません。しかし、深い体験が作れますから、その深さに面白さやアイディアを込めることができるなら、やる価値があると思っています。2019年の今の時期にXRの企画を行うのであれば、大きく2つの方向性が考えられます。多くの人に体験させたいのなら、プロジェクションマッピングなどのテクノロジーを活用したイベントやライブ。興味がある人に絞って届けたいなら、 Steam(※)による配信などでしょうか。

※ Steam…PCゲームの配信プラットフォーム。VR対応ゲームも配信されている。


ー VR空間内での、VTuberのライブなども話題にあがるようになりました。目的とリーチに合わせて、タッチポイントを考えていくことができそうです。

天野:

LINEなどのチャットを使った、オンライン飲み会が定着してきましたよね。将来、VRチャット飲み会に繋がる気配を感じます。そのとき、実際にビールは飲まなくてもいいんです。一番やりたいことは、集まったメンバーと乾杯して、コミュニケーションすること。この場でプロダクトプレイスメントのように商品告知を行えたら、「ビール飲みたいな」と訴求することができるかもしれません。

将来、VRデバイスが普及したとき、市場やユーザーにどのような現象が起きていて、どんなことが求められるかを未来予測的に考えることが重要です。そして、その未来予測を検証するための深いコミュニケーションや新しい手法を作るということであれば、今、XRの企画をやる価値はあります。今すぐの効果を求めるよりも、その検証結果をもとに、5年後10年後の企業はどうあるべきかを分析し、将来へ繋げることを前提としたチャレンジですね。一般の人たちへ単発的に企画するのは、もう少し時間が必要です。

XR技術を用いたデモ展示コンテンツ
スマホの時代が終わる!? XRが導く面白い世界に飛び込もう

ー XRを用いたマーケティングは、挑戦や投資のフェーズであると。しかし、スマートフォンが一気に普及したように、XR領域もいつの間にか当たり前のものになっている可能性も高い。時代が変わった瞬間にすぐ対応できるよう、現在の技術の範囲で検証を重ねることが現実的ということですね。

今後、XRはどのような展開をしていくと考えていらっしゃいますか。

天野:

XR技術の進化を考えるとき、携帯電話で例えるならば、どのフェーズだろうかと思い浮かべています。今は、昔の抱えるような移動型の電話の頃か、ガラケーなのかと悩ましいところです。進化速度も上がっており、XRの未来にいくつかの予想経路は見えてはいますが、ハード側の課題は残ります。メガネタイプの半透過型か、没入型のOculusやPlayStation®VRか。それとも、その他のデバイスがこれから出てくるのか…。

そして、一般層へどのようなデバイスが普及するかの予測も、非常に難しいです。今はスマートフォンが断トツですが、UIやUX観点で考えると、「スマホからの入力って、わずらわしいね」と感じるようになると思います。「スマホは終わりです。次はこれですよ」の時代になるかもしれません。


ー 表示形態の常識が変わる可能性もありますね。今ある課題が解決した瞬間に、XRが日常的になる世界がすぐそこで待っているという印象を受けます。エンターテイメントだけでなく、ビジネスの可能性も広がりそうです。

天野:

音声対話のみによるコミュニケーションも増えてきましたが、少しの通信遅延によるストレスは、みなさん経験があるのではないでしょうか。ビデオチャットなどの1対大勢の会議も、誰に話しかけているのか分かりづらく、シームレスな会話ができません。一方、VRチャットの場合は、少し間があったとしても、対話相手が目の前にいるという体験が、それらの課題を解決してくれるのです。

VRは、距離を超えられます。たとえば、VRチャットに翻訳機能をつけたら、仕事のイノベーションが生まれます。どんな人でも海外の人と、言語を知らなくてもビジネスの話ができてしまうんです。そんな面白い未来にカヤックが置き去りにされないよう、技術追求に取り組んでいきたいと考えています。

[取材/構成/執筆] マチコマキ


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